耳慣れないカタカナ語だと思ったら、いつの間にか自分が習ったものの呼び方が変わっていた…そんな経験はありませんか?それは学校教育において、外国人の名前の読み方を「現地読み」に変えることにしたのが理由かもしれません。たとえばモハメットはムハンマドに変わるという具合です。こうした見直しは明治以来、日本に入ってきた色々な外国の言葉におよびます。背景には、日本人の耳が国際化してきていることがあるようです。
最近、学校の歴史の時間にジュリアス・シーザーもマホメットも登場しません。
というのも、1990年に学校教育を見なおす取り決めがあり、そこで「外国人の名前は現地の呼び名を基準に改めよう」という意見が出たことから、ジュリアス・シーザーはユリウス・カエサルとなり、マホメットもムハンマドという名前に差し替えられたからです。
それまで日本で一般的に呼ばれていた外国人の名前は、明治から昭和初期に日本人が聞き取ったものが使われていたのですが、外国の発音に不慣れな耳で聞き取ったことから実際の発音とは遠いモノになってしまったことが多かったのです。
例えば現在ゲーテと呼ばれているドイツの詩人の名前は定着するまでは、ギョエテやギョーツ、グーテなど人によってバラバラでしたが、いつしかもっとも近いゲーテで統一されています。
このことから明治時代の小説家、斉藤緑雨が「ギョエテとは/俺のことかと/ゲーテいい」という川柳を書いて名前の変化をからかっています。
教科書の表記が変化したのは、日本人の耳が英語の発音に対応した結果の変化ですが、そのために世代間ギャップが生まれてしまいます。
リンカーンが伸ばさないリンカンに変化したり、ルーズベルトがローズヴェルト、エカテリーナがエカチェリーナになるのはなんとなく理解できますが、ザビエルがシャビエルになり、コロンブスがコロン、マゼランがマガリャンイスになると、すぐに理解できないかも知れません。
そのこともあってマゼランなどは教科書によっては「マガリャンイス(マゼラン)」となっていることもあるみたいです。
さらに地名も現地読みに変化しつつあり、朝鮮半島にあった高句麗(コウクリ)がコグリョに、百済(クダラ)がペクチェに変わりつつあります。
地名変化には色々な理由があって、大相撲力士の栃ノ心はジョージア出身ということでアメリカのジョージア州と勘違いする方もいるかもしれませんが、これはかつてグルジアと呼ばれていた国で、2015年に日本政府がロシア語読みだったグルジアから、独立後に名乗った英語読みのジョージアで呼ぶことに変更した結果です。
ちなみに、現地読みに関して漢字圏での扱いには複雑な事情があります。
韓国人の名前はかつては「金大中:キンダイチュウ」と漢字読みしていましたが、現在はキム・デジュンという呼び方に変化しています。これも現地の発音にしようということで変わったものです。
しかし中国人の名前は現在も習近平をシュウ・キンペイと読んでおり、現地読みのシー・ジンピンでは呼びません。
実はこれは、相手の国が日本人の名前をどう呼んでいるかで区別されています。韓国で日本人の名前は日本と同じ読みですが、中国では現地の読み方になっているのです。
これはお互いの国の呼び名でいきましょうという「相互主義」と呼ぶ取り決めで、メディアでもこれに習っています。
例えば中国では菅義偉をジェン・イーウェイ、安倍晋三をアンベィ・チンサンと呼びます。これはすべて漢字を中国読みしたものですが、そのために菅(すが)義偉も菅(かん)直人も同じくジェンと発音されています。
国際化の中、耳の良くなった世代との間に、このような世代間ギャップが生まれつつあるのです。
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記事投稿者
杉村 喜光(知泉)
雑学ライターとして、三省堂『異名・ニックネーム辞典』、ポプラ社『モノのなまえ事典』など著作多数。それ以外に様々な分野で活動。静岡のラジオで10年雑学を語りテレビ出演もあるが、ドラマ『ショムニ』主題歌の作詞なども手がける。現在は『源氏物語』の完訳漫画を手がけている。
2022年6月15日に最新巻『まだまだあった!! アレにもコレにも! モノのなまえ事典/ポプラ社』が発刊。