2019.06.14公開

音の雑学:聞こえない音が聞こえてくる

73-1

聞こえない音が聞こえてくる

日本人は自然の音というものを季節の中に流れるBGMとして楽しむ国民だと言われています。
それは四季というものが明確に存在し、折々で鳴く虫の音で季節の移り変わりを感じる事が出来るからなのですが、その感覚が研ぎ澄まされた結果「存在しない音」まで聞き取ってしまうようになりました。

 

73-2俳句では晩春の季語として「亀鳴く」という物があります。これは鎌倉時代の藤原為家が書いた「川越の をちの田中の 夕闇に 何ぞと聞けば 亀のなくなり」という歌が典拠とされる季語で、夏へ移り変わる直前、晩春の田で聞こえる不可思議な声は亀の鳴き声だと詠っているのですが、実際には亀には発声器官はないので鳴くことはありません。
とりあえず静かな部屋で亀を飼っていると小さな音がする事がありますが、鳴き声ではなく体のこすれる音と言われ、田の中から聞こえるほどの大きな音ではありません。
さらに春の季語には「田螺(たにし)鳴く」というものもありますが、もちろん田螺も鳴きませんが、水田地帯で何やら聞こえて来る正体不明の音をタニシの鳴き声だと考え、それを風流の要素として俳句に取り入れているのです。

 

73-3これが秋になると「蚯蚓(みみず)鳴く」という季語になります。もちろんミミズも鳴きませんが、秋のしんとした夜長にどこからか小さな音が聞こえていることをミミズの仕業と考えたのです。
実はこれは秋になると実際に聞こえて来る音で、その正体はオケラだと判明しています。その声自体は本当に小さいジーッという音ですが、それを昔の人はミミズの鳴き声だと考えたのです。
さらにそこから、想像力のたくましい昔の人は物語を考え出しています。
むかしむかし、蛇は目が見えなかったが歌の上手な生き物だった。そこにミミズが訪れ「目をあげるから歌を教えてくれ」と持ちかけ、ミミズは目を失った代わりに歌を覚えたとされています。

 

73-4さらに晩秋になると「蓑虫(みのむし)鳴く」という季語が登場してきます。ミノムシはオオミノガという蛾の幼虫が木の枝などにぶら下がり越冬をしている物ですが、現在は絶滅危惧種とされるほど見かけなくなりました。
伝承ではミノムシは「ちちよ」と鳴くとされています。もちろんそのような事はないのですが、清少納言は『枕草子』の中に「ミノムシは鬼の子だ、鬼が人間に産ませた子だ。母親はこの子もいずれ人を捕って喰うようになるので、粗末な服を着せて木に下げて逃げていった。」と書いています。その鬼の子がミノの中で母親が恋しいと鳴いていると考えたのです。
冬が訪れる直前のもの悲しい風景と相まって「蓑虫鳴く」は”もののあわれ”を表す季語として愛されていったのです。

 

73-7古来より日本人は聞こえない音を聞き取ってきましたが、さきほど出て来た「秋のしんとした夜長」の”しん”は何も音が聞こえないことを表す擬音(オノマトペ)です。日本人にしか理解できない感覚だと言われ、この言葉を翻訳する音は存在していません。
この”しん”という表現は漢字では「森」と書き、人里を離れた森の中で感じる静寂を森閑 (しんかん) と表現したことから考案された言葉です。さらに音も無く雪が降り積もる様子を「深々と降る」 とも表現されています。
江戸時代初期1638年(寛永5年)の俳諧・毛吹草で「お座敷は三月しんとしづまりて」と使われる古い言葉ですが、明治時代に入って夏目漱石が『虞美人草(1907)』で「しんとした」、石川啄木が『天鵞絨(1908)』で「世の中が森(しん)と沈まり返つてゐて」と使っているように広く使われるようになっていきます。
これが進化して出来たのは「シーン」という表現です。
 
73-6一般的にこの言葉の考案者は手塚治虫で『新世界ルルー(1951) 』の中で最初に使ったとされ、自らもエッセイの中でオリジナルな表現だと紹介しています。
しかし実際には手塚治虫の誕生前、島崎藤村が『岩石の間(1912)』という短篇の中で「余計にシーンとした夜の寂寥が残った」と書き、さらに宮沢賢治も『どんぐりと山猫(1921)』で「どんぐりはしいんとしてしまひました」という一文を残しています。
誰が考案者ということでもなく、自然にそれらが使われ始め浸透していったのです。

 

存在しない音を聞き取り、それを風流の一部として愛する気持ち。今はどこにいても無音を感じる事が難しい時代ですが、その感覚は大切にしていきたいものです。


寄稿者:杉村 喜光(知泉)