2020.08.26公開

新しい音の世界との付き合い方 ~補聴器や人工内耳を「聞きこなす」ポイント~

聞こえの悩みは形がなく、なかなか人に共有するのが難しいものです。日常生活でどんな困りごとがあり、補聴器や人工内耳によってどんな改善が見込まれるのでしょうか。自身も難聴で人工内耳を使用しながら補聴器メーカーに勤めている杉崎きみのさんに、実体験をもとにした聞こえの実態と補聴器を「聞きこなす」コツを教わりました。

杉崎きみの(すぎざき・きみの)

オーティコン補聴器
マーケティング本部
ソリューションマーケティング部
プロフェッショナルリレーションズ
医療情報メーカーのシステム開発部やマーケティング部などを経て現職。医療機関やろう学校への製品情報提供などを行い、補聴器や聴覚ケアの普及啓発やマーケティングに尽力する。高校生のころ進行性の感音難聴との診断を受け、補聴器の装用を開始。聴力に合わせて補聴器を買い替え、30歳の時に人工内耳手術*を受けた。補聴器や人工内耳の正しい知識を広める活動の一環として、ブックレット『「聞こえにくい」をほっとかない』(小川郁編、日本看護協会出版会)に自身の聞こえに関する経験談を寄せている。

聞こえにくさを笑顔でごまかしてしまう

ーー杉崎さんは補聴器や人工内耳を使い始めてもう30年以上経過しているとのことですが、いつごろから聞こえにくさを感じていたのでしょうか。

杉崎 高校生のころですね。ブラスバンド部の部活中に「ピー」と耳鳴りがし始め、次第に学校の先生の声やテレビの音も聞こえにくくなっていきました。診断は進行性の感音難聴。そこから聴力の変化に応じて補聴器、私の場合、聴力低下が進行し補聴器を使っても音が聞き取れなくなったため、30歳の時に人工内耳を利用するようになりました。感音難聴そのものは治療できないと知ったときは「治すために病院に来ているのに」と戸惑いましたが、補聴器などの医療機器や優れた医師に出会えたことで治療にも前向きになり、可能性が広がりました。

ーー聞こえにくさがあると日常生活でどのような点に困りましたか。

杉崎 やっぱり会話によるコミュニケーションの課題が大きいです。感音難聴は音を感じ取る聴覚の働きが徐々に劣化するため、聞き分けの精度が落ちていきます。音は聞こえても、言葉として理解しにくいんです。会話についていけず、聞き返して流れを止めるのも嫌で、笑ってごまかしてしまう・・・・・・「ほほえみの障害」と言われるゆえんです。

ーーどんな場面でついていけないなと感じるのでしょうか。

杉崎 例えば友人同士のお喋りで「日曜日に銀座で、美味しいケーキ屋を見つけたよ」と話題が変わったとしますよね。ほかのメンバーは「日曜日」の「に」と聞こえた瞬間から、パッと意識を切り替えられます。けれど難聴があると、会話の最初を聞きこぼしてしまうんです。「日曜日に銀座で」の部分を聞きこぼしてしまい、参加が遅くなります。その後も聞きこぼした部分は何だったのかを推測しつつ、同時に会話にも注意を向けるから、会話が終わるとどっと疲れが出ます。

リハビリを重ねて「脳」を変えていく

ーーしっかり聞こうとするほどに疲れる感覚があるのですね。

杉崎 聞こえは単に耳で聞くだけでなく、その音がどんな意味を持つのかを記憶と照らし合わせて考える作業が必要です。難聴になり音声やそれ以外の音による情報が届きにくくなると、そのぶん聞き取れない情報を推測したり補完しようと脳が頑張るので、必要以上に聞くためのエネルギーを消費します。少しでも頭がクリアな状態で話を聞くために仕事の打ち合わせは午前中に入れておくなどスケジュール管理も含めて工夫しました。

ーー補聴器を使うことで、悩みはどの程度解消されましたか。

杉崎 私の場合、軽度から中等度難聴のうちは補聴器装用によって聞こえ方がかなりクリアになりました。補聴器のサポートがあると、脳が聞こうと頑張りすぎなくてもすむので疲れが軽減します。先ほどの会話の例で言えば、聞きこぼしのモヤモヤが減り、会話についていけるように考える余裕がでるので、そのぶん自分から積極的に聞き返しをしたり、会話を楽しめるようになりました。

さらに最近は補聴器の技術進化が目覚しく、私が10代のころ使っていたものと比べると性能や色や形、使い勝手が格段に良くなっています。例えば弊社の「オーティコン オープンS」は、周囲360度の豊富な音を脳に届け、より脳の聞く働きを助けるように設計されていて、デザインもおしゃれ。若いうちからこんな補聴器と出会えていれば、考え方や行動はもっと変わっていたでしょうね。活用しないのはもったいないと声を大にして言いたいですね。

ーー使い始めてすぐに、そうした効果を実感できましたか?

杉崎 補聴器にせよ、人工内耳にせよ、しばらくは新しい聞こえになじむためのリハビリテーションが必要でした。特に人工内耳は補聴器とは異なり手術によって内耳に電極を埋め込み、埋め込んだ電極が音の情報を電気信号に変化し聴神経を刺激しますので、手術直後の音質の違和感が顕著。私が人工内耳手術を受けた直後は、音のイントネーションがすべて平坦になり、人の話し声は老若男女問わずドナルドダックのように響いていました。それでも聞く練習を意識的に繰り返し「この音は何を表しているのか」を脳に再認識させていくことで、だんだんと聞こえるよう変わっていきました。

補聴器や人工内耳は、あくまでも聞こえを助ける優れた「道具」。うまく使えるかどうかは、専門家によるアドバイスのもと、ユーザーである私たちが補聴器や人工内耳を使いこなして「聞きこなす」姿勢にかかっています。

成功体験の共有が聞きこなしのカギ

ーー新しい聞こえになじむためのポイントを教えてください。

杉崎 人工内耳の音に慣れるときの話ですが、人工内耳を付けた状態で聞こえる音とその意味をインプットし直す作業を意識しながら、英語学習と同じ手法で教科書を読み上げる声を聞いて同じように繰り返すトラッキングなどに熱心に取り組みました。補聴器でも最初は聞こえに違和感があるかもしれませんが、諦めずに「意識して聞く練習」を重ねてほしいですね。やがて家族や友人との会話が徐々にスムーズになっていき、対話により楽しみや喜びが見いだせるようになれば、自然と「もっと聞きたい」というモチベーションが生まれるのではないでしょうか。自分だけでどうにかしようと頑張るのではなく、周囲の人たちとの会話を楽しむという成功体験の共有を重ねることが、補聴器や人工内耳を聞きこなすカギを握っていると思います。

ーー家族や友人はどんな姿勢でサポートに向き合うと良いでしょうか。

杉崎 難聴者が補聴器や人工内耳などの聴覚テクノロジーに慣れるよう、前向きに取り組むうえで、周囲の理解やサポートは非常に重要です。会話一つとっても、文章を短めにして明瞭に、いつもより少しゆっくりと話すことを意識してもらうだけで、難聴者の負担は軽減されると思います。難聴者には「聞きこぼし」があることも意識して話してもらえると、聞こえづらい部分があったときに聞き返しや、内容の確認をしやすくなります。だからこそ、周囲が意識して聞き返しやすい雰囲気をつくってくれると非常に助かりますね。

ーー聞こえに悩む方へのメッセージをお願いします。

杉崎 聞こえは形がないものなので、周囲からはどんな不自由があるのか捉えにくく、また自分でも聞こえが悪くなったことに気づきにくかったりします。まずは自分自身の現状に気づき、受け入れることが大切だと思います。そこで初めて家族に相談したり、医療機関(日本耳鼻咽喉科学会のサイトへ)補聴器販売店に足を運んだり、補聴器の早期装用に踏み出せるのではないでしょうか?その一歩が、今後職場で活躍したり、友人との会話を楽しんだりと、より豊かな未来を引き寄せる。私はそう確信しています。

*人工内耳は、音を電気信号に変え、蝸牛の中に入れた刺激装置(電極)で直接聴神経を刺激する装置です。(日本耳鼻咽喉科学会webサイトより抜粋)
●聞こえの詳細な検査は、耳鼻科専門医を受診してください。補聴器は適切なフィッティングにより、その効果が発揮されます。しかし、装用者の聞こえの状態によってはその効果が異なる場合があります。