2019.08.08公開

音の雑学:無限に広がる擬音の世界

擬音

日本語は表現が豊かで、その中で古くから多くの擬音(オノマトペ)が誕生してきました。その柔軟な発想は海外ではあまり見られない傾向らしいのです。 たとえばアメリカで翻訳した日本漫画などを見ても解るのですが、センベイなどを食べるガリガリという音に付けられた英訳が「クランチー(crunchy)」だったり、実際には音がしない物を見るときのジロジロという表現を英語では「ステア(stare)」と擬音ではなく意味がそのまま書かれている事も多くあります。 もちろん英語にも擬音は多く存在していますが擬音と形容詞の境界線が曖昧で、虫の羽音から「バズ(buzz)」という擬音が誕生していますが、同時に耳鳴りを「buzzing」というように普通の単語としても使われています。

式亭三馬江戸時代などから使われている擬音は、当然のことながら文献の中では漢字で表記されています。 例えばニョロニョロは『如鷺如鷺』、ドタドタは『動堕動堕』、ニョキニョキは『如亀如亀』、ガラガラは『瓦落瓦落』となります。意味があるようでないような不思議な表記ですが、式亭三馬の『浮世床』のような庶民の生活を活写した文章の中には多く登場してきます。 その中でこれはよく考えたなと思える擬音は、戸など立て付けが悪い状態の「ガタピシ」と言う表現で、漢字で書くと『我他彼此』となっています。 実はこの漢字表記は仏教的教えも含まれていて、我他(自分と他人)彼此(あれとこれ)で対立している状態から物事がすんなり動かない事を表現しているのです。 逆に擬音のように見えて擬音ではないものに、バッチリきまった状態を表す「パリッとしている」という物があります。これは江戸時代に流行った逆さ言葉から誕生したもので、「立派」をひっくり返した若者言葉から生まれた表現で、擬音ではないのです。

ドーン

擬音は江戸時代には流行発信源の歌舞伎で多く使われることで、庶民が日常でも使うようになって言葉として定着していきましたが、それの伝統を受け継いでいるのが漫画の表現です。 それは絵とセットで書かれていることから直感的に理解できる物も多いのですが、例えば爆発音で「ちゅどーん」という特殊な表現があります。 1980年代にアニメでもヒットした漫画『うる星やつら』の作者、高橋留美子さんが作中で多用したことで漫画界では広く使われている擬音なのですが、火薬に引火した「ちゅ」から爆発音「どーん」までを一音で表す表現です。これは絵とセットでないと理解しがたい擬音かもしれません。 この「ちゅどーん」の考案者は1970年代に活躍した漫画家、田村信さんだと言われています。 田村信さんは走る時にすべべべべなど意味不明の音を使うことで有名な特殊な漫画家でしたが、文学的な擬音を使うということで有名だったのは下町漫画を多く描いた滝田ゆうさんです。

漫画の枠線滝田ゆうさんは1975年から放送された萩原健一さんのドラマ『前略おふくろ様』などのタイトル画などでも知られたイラストレーターでもありましたが、漫画の中では自分の耳で採取したオリジナルな擬音を多用しており、雨音をサタサタサタ、子供が走り廻る音をタパタパタパ、京成線の線路がきしむ音をチュンチュンチュン、と表現しています。 当たり前に聞こえてくる音を、再構成して新しい擬音として使用しているのです。 やはりこれらも文字だけでは理解しがたい部分もあるかも知れませんが、滝田さん特有のゆるい絵柄に添えられる形で書かれるとしっくりと理解できる擬音なのです。  日常で当たり前に聞いている音でも、耳をすまして既成概念を外して聞き直してみると別の形で音が見えてくるのかもしれません。

 


寄稿者:杉村 喜光(知泉)